『コントロールの愛』から『真実の愛』

楽園を追われたアダムとイブのなかにも・・
幸運なことに、初恋が実ったカップルや・・
何ものにも惑わされない強い意志で『純粋な愛』を守りぬいたカップルもいました。

e0034540_4234185.pngこのようなカップルは、男性性と女性性のバランスがよく・・
お互いが対等で、得意とする『役割』をお互いに補いあいながら暮らすことで、お互いの花を咲かせ輝きあうことができました。

お互いの愛をあたえあい分かち合い、お互いを思いやり、温かい愛に満たされていたので・・

辛く厳しい『コントロールの世界』でも・・
仲睦まじくお互いをいたわりあい助け合い、貧しくと神様や自然があたえてくれるしあわせに感謝して、日々をたいせつにつむぎ、こころ豊かに家族仲良く『真実の愛』を生きることができました。

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一方・・
『コントロールの愛』にはまっているアダムとイブは・・

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恋人、夫婦、親子の関係のなかで、いつまでも『被害者意識』からぬけだせず・・

『愛してほしい!!』『過去を償ってほしい!!』『こんなにしているのに・・』とばかり相手に要求して、相手を思いやり、相手が本当に望むものを考えようともせず・・

歯車のあわない愛にもどかしさをかかえ、満たされることはありませんでした。

どちらも、愛をあたえることも受け取ることも下手で・・
『無意識』のうちに『見返りを求め』、目には見えない上・下関係にしばられてしまうのでした。

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『わたしがいてあげなくては・・』『あなたがいなくなったら、どうしよう・・』
『あなたがいなくなればいいのに・・』『わたしがいなくなればいいんでしょ・・』という・・

自分のしあわせも人のしあわせも、人による『共依存』の関係が生まれてしまい・・
自分と人との境界線がなく、お互いに自分を生きるためのほどよい距離を保つことができず・・
『干渉』してしまうのでした。

自分の責任で自分をしあわせにすることができることに全く気づくことができず・・
お互いに足腰を弱くしていきました。


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3つの『コントロールドラマ』では・・
どの魂もそれぞれに、相手が悪く自分は被害者なのだという『被害者意識』をこころの奥底にもっていて・・

どれも似たような『自己肯定感と自尊心の欠如』のために・・

『本当の自分を肯定して、愛することができない』・・
『自分の素晴らしさと力を信じることができない』・・
『ありのままの自分を生きて、人と愛を交わすことにおびえている』という要素をもっています。

この不自然な3つの『コントロールの愛』に耐えられなくなったアダムとイブは・・

ふたりの関係に距離をおくことを決め・・
自分を自分でしあわせにする責任を果たすために・・
自分の足で立って歩くことを決めました。

それにもかかわらず、やっぱり・・
『この人には自分がいてあげなくては・・』とか『この人から離れたら生きていけない』という気持ちがわきあがるうちは、自分でも気づけないほどの『罪悪感』が残っていることに気づく必要がありました。

e0034540_15410171.png自分を生きようとしたとき『阻害』され『罪』を背負わされた遠い過去の傷が、まだ癒されていないのでした。

なので、まずは、自分で自分の『こころの傷』を癒してあげることにしました。


それには・・
遠い過去の『決めごと』や『罪』にいつまでもしばられている必要はないことを自分に言ってきかせ・・

『神様は、人生を大いに楽しいんでおいで!!』とこの世に生を送りだしてくれたこと・・
自分をしあわせにする力も、自分を守る力も神様は、それぞれにあった形で授けてくださっていることを思い出し・・

自分をたいせつにいたわり、愛するためには、どうしたらいいかを『こころ』にいつも問いかけることにしました。

『こころの声』に耳をすませ、その声に従うようにしていくうちに・・
もともと自然のものである自分の『こころ』と『からだ』にウソをつくのをやめ・・
やさしくすることで『自尊心』をもてるようになっていきました。

『自分を生きて、しあわせになることは悪いことではない』
『人の*犠牲になるしあわせなどなく、本当の愛は、まずは自分がしあわせになることなのだ』
『過去にどんな過ちをしたとしても、それは過ぎたこと、今を自分らしく精一杯、しあわせに生きれば、自分を恥じることも責めることもない』という神様からのメッセージを言ってきかせ・・

『しあわせに生きていい、いくらでもしあわせになっていい!!』
『今、していることにOK!!をだして、ありのままの自分がしたいことをしていい!!』
ということを自分に許すことで『自己肯定感』も生まれてきました。

こうして・・
背負っていた『十字架』をおろし・・
『こころの傷』は少しずつ癒されるようになりました。

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『鳥かご』の中の鳥である自分と・・
『鳥かご』の外にいるご主人様である相手は・・

実は、同じ『コントロールの愛』に操られているのでした。

そして・・
『鳥かご』をつくっているのは、『思い込み』=『幻想』であり・・
『鳥かご』の外にいるご主人様である相手も、実は自分なのでした。

この『思い込み』の正体は、背負っていた『十字架』と同じで・・
自分のもっている『種』の力を信じきれない『自己卑下』と・・

『自分を生きてしあわせになっていい!!』という『自尊心』を打ち消してしまう・・
『自分はしあわせになってはいけない』という『罪悪感』なのでした。

だから・・
『鳥かご』からぬけだすためには、『自己卑下』と『罪悪感』を手放して・・
『自尊心』と『自己肯定感』を取り戻し・・

血のつながった親子や恋しい夫婦や恋人という最も離れがたい密度の濃いがんじがらめになっていた関係をゆるめ・・

今までの関係を終了したり、距離をおくことで・・
まずは、ひとりで、しっかり自分の足で立って歩き、自分を愛して生きることにしました。

『鳥かご』からぬけだし、広くて大きな世界に身を羽ばたかせてあげると・・

たくさんの人やものや出来事から、目に見える愛や目に見えない愛を思いがけないかたちでもらえることに気づくようになり、また自分自身もたくさんの人やものや出来事に愛を注ぐことができるようになりました。

まるで、出会うすべてが家族のような・・
つながりのなかで、めぐりめぐる愛・・

これが神様が授けてくださる愛なのだとわかると・・
この広い世界に、安らかに身をゆだねることができるようになっていきました。


守られているような錯覚を起こす・・
呪縛のような『コントロールの愛』から・・
自分を解放してあげることが、実は、相手も解放してあげることになり・・

『自分を生きてしあわせになることで、自分も相手も自立でき、相手もその人らしくしあわせに生きることができるようになる』ことがこころからわかるようになりました。

こうして・・
お互いに『自立』と『自由』の『光の道』に一歩を踏み出すと・・
地球や宇宙のすべてが『家族』なんだと思えるようになり・・
大きな愛に身をゆだねることができるようになり、魂は、大きく成長しました。

神様からあたえられた今生の『課題』である・・

自分も地球のすべての命も『無条件・無償の愛』で愛することができる『赤いハート』で生きられるようになり、『源の愛』に還ることができるようになりました。



*犠牲・・
『こころ』から湧きあがるというより『○○したほうがいい』『○○しなくてはならない』『○○すれば、□□になる』というような『あたま』で考えて、無意識のうちに『いい人になろうとする』『嫌われないようにする』ことは、自分でも気づけない深いところで見返りを求めていたり、報われない愛に満たされない思いをかかえ、怒りがこみあげたりします。

けれども・・
『こころ』から自然に湧きあがり『○○したい』、よろこんで『○○したい』と思うことは、見返りを求めることなくこころが満たされるので、『犠牲』にはならず、温かい『まごころ』をお互いに交わしあうことができます。

本心でないことをするのは、双方にとって、結果的によいことにならないのが『真実の愛』です。

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『鳥かご』からぬけだし・・
『自由』と『自立』の『光の道』を自分の足で歩きだしたアダムとイブには、さまざまなことが待ち受けていました。

ひとりになったため、孤独やさみしさを味わいました。
そんなときは、自分のなかのお母さん(女性性)にやさしく抱きしめてもらい、自分にやさしくすることで元気になりました。

自分で決めた目標に向かって頑張っているときは・・
自分のなかのお母さん(女性性)にほめてもらい、自分にごぼうびをあげました。

うまくいかなくて、へこたれそうになったり、自分に甘くなってしまうときは・・
自分のなかのお父さん(男性性)に弱い自分をわかってもらいながら叱咤激励してもらい、自分をふるいたたせ律することができました。

目標が達成できたときは、達成感を味わうよろこびを味わいかみしめ・・
自分のなかのお父さん(男性性)とお母さん(女性性)と共によろこびました。

ひとつのものを取り合いになったり、意見の違いで言い争いになったときは・・
自分のなかのお父さん(男性性)とお母さん(女性性)に相談して、どうしたらお互いが笑顔になれるかを尋ねました。

その結果・・
譲れるものであれば、譲ることができるようになりました。
どうしても、譲れないことは、自分の気持ちを相手にしっかり伝えることで、お互いに歩みよれるところを話し合うことができるようになりました。

損な役回りをしたり、人の後片付けばかりして、自分の功績を認めてもらえないときもありました。
そんなときは、自分のなかのお父さん(男性性)にそばにいてもらって、人の責任を自分がとることをやめ、人のことを変に気づかって助けようとしたり、おせっかいをしようとする癖をやめることができるようになりました。

その結果・・
人のことはその人に任せることができるようになり、自分がする必要があることに精力を集中することで、いい成果がでて、人から評価されるようになりました。

また、このことで・・
何でもひとりでしようとする癖から自分を解放し、自分ひとりでかかえきれないことは人を信頼して、人に助けを求め人の力を借りることもできるよになりました。こうして、信頼しあうことのたいせつさを知ることができるようになりました。

さらに・・
ついつい、謙遜したり、自分を後回しにしたり、ほしいものを人に譲ってしまうことが、『美徳』だと思い込み、本心にウソをつく癖もやめることができるようになりました。

その代わり、素直に、人からの評価を『ありがとうございます』と受け取れるようになり、自分は『今、○○がしたい』『今、○○をほしい』という自分の素直な気持ちを伝えることができるようになり、まわりの人から信頼されたいせつにされるようになりました。

大きな壁にぶつかることもありました。
そんなときは、自分のなかのお母さん(女性性)にやさしく見守ってもらい、なんとかひとりで壁を乗り越えることができるようになりました。

困っている人が頼ってくることもありました。
そんなときは、自分のなかのお父さん(男性性)とお母さん(女性性)に『その人の自立のためにはどうしたらいいか?』と相談しました。

その結果・・
当面する必要がある助けをしました。
その後は、その人が自力で生きていくことができるよう、物質的な支えより精神的な支えになる温かい励ましをしながら、時には、その人がもっている力を信じて引き出すことができるよう遠くから見守ったり、時には、厳しさもあたえることもありました。

あとは、その人がイキイキと輝いて生きているさまを描き、その人の持っている力を信じることで強くサポートすることができるようになりました。

自分の身が危うくなる時もありました。
そんなときは、自分のなかのお父さん(男性性)にどうしたらいいかを尋ねました。

その結果・・
すぐに身を安全な場所に移さなければ危険なときは、まずは、素早くそこから離れることにしました。もし、まだそこにとどまってすることがあると感じたときは、自分の身の上より、まずは、自分にウソをつかないことを悔いなくすることにしました。

また、時には、本心をさらけだして訴えることもありました。
たとえそれで、自分も人も社会的な地位を失ったり、不利なことがおきたり、お互いの関係にヒビがはいったとしても・・

ここで、膿をだすことで、傷口がスッキリ治ることを信じて・・

あとは、神様におまかせしておけば『雨降って地固まる』のように、最終的には『これでよかったんだ!!』と思えるようにしてくださることを信じられるようになりました。

ときには、何もする気力がなくなってしまうこともありました。
そんなときは、自分のなかのお母さん(女性性)とお父さん(男性性)に甘えて、何もしない・何も考えない自分を許し、こころゆくまで『こころ』と『からだ』を休ませダラダラすることを自分に許しました。(できるだけ、自然豊かなところで・・)

その結果・・
ダラダラしていた分、英気が養われ、気力と体力が復活して、直観がさえるようになりました。

見知らぬ人なのに、親切にしてくれる人や贈り物をしてくれる人も現れました。
そんなときは、自分のなかのお父さん(男性性)に相談して、その厚意を受け取っていいものなのか尋ねました。

その結果・・
こころから素直にほしいと思ったものは、お返しなしで、よろこんで受け取ることにしました。
これは、神様からの贈り物なので、ありがたく受け取ることで、相手に愛をあたえることになり、その愛は神様がめぐらせてくださるからです。

けれども、それほどほしくないものや、ほしいけれども、あまりスッキリした気分にならないものは、笑顔で『お気持ちだけありがたくいただきます。けれども、それは受け取れません』と相手に正直な気持ちを伝えることができるようになりました。

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こうして・・
自分のなかのお父さん(男性性)とお母さん(女性性)に相談したり、励ましてもらったり、甘えたりしているうちに・・

傷ついた子ども(=モンスター)だった自分は、自分で物事を判断し、自分のことを自分で決め、自分の道を歩いていける『おとな』へと成長させることができました。


すると・・
自然にわきあがる気持ちをたいせつにすることができるようになり・・
好きなことや得意なことに精をだして励むことが楽しくできるようになりました。

これは、やがて『生き甲斐』と『生きる糧』になり・
自分を自分でしあわせにすることも、自分を自分で守ることもできるようになりました。

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自分が好きなことに楽しく精をだすことが『神様から授かった仕事』であり、『自分の花を咲かせる』ことなのだとわかりました。

こうして・・
『自分の花を咲かせて、しあわせに生きていい、いくらでもしあわせになっていい!!』ということに自信をもつことができるようになったアダムとイブは・・

『自由』と『自立』の『光の道』を自分の足でしっかり踏みしめ、歩いていけるようになりました。

このとき・・
『コントロールの愛』の・・
犠牲的な見せかけの『やさしさ』・・
傷をなめあうような不健全な『やさしさ』・・
保身にもとずいた偽りの『やさしさ』・・
寂しさをうめるだけの『やさしさ』とは・・

本質的に違う・・

『自然』=神様と同じように・・
美しい花を咲かせよい果実を実らせるための持てる力を最大限に引き出す『愛』や『厳しさ』をあたえることが本当の『やさしさ』なのだとわかるようになりました。

こうして・・
お互いの魂の成長を願い、いつでも本心の『まごころ』をあたえる本当の『やさしさ』を身につけることができるようになり・・

自分のなかの男性性と女性性のバランスがとれるようになりました。


このとき、アダムとイブは、少々、驚きました。

なんだ、ありのままの本当の『こころ』で素直に人と関わることができれば・・
『自由』と『自立』の『光の道』を歩んでいくことができるんだ!!ということに気づきました。

さらに・・
自分のなかの傷ついた子ども(=モンスター)を自分のなかのお父さん(男性性)とお母さん(女性性)に育ててもらうことと、実際の子育ては同じことであり・・

子育ては、愛らしい子どもをとおして、子どもの自分がおとなの自分に成長できるチャンスを神様からいただいていることに気づき・・

子どもと共に『愛』を学ぶよろこびを味わえる『最高のギフト』であることがわかりました。

ここで、『無条件・無償の愛』について深く学ぶことができると、親子ともども魂は大きく成長でき、親は子どもたちを『源の愛』にお返しすることができました。

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 男性性・・
愛したい性・獲物を追いかけたい性・子孫繁栄のために多くの種をまきたい性
獲物をゲットして好きな女性に贈り、ほめられ、男っぷりをあげたい性
狙った獲物から目をはなさないように、ひとつのことにしか気がまわらない性
大胆な性・おおざっぱな性・あけっぴろげな性・のぞきたい性
肉体的に『からだ』がじょうぶにできている分、精神的に『こころ』がポキっと折れやすい性
女性の笑顔に励まされ、女性の涙に弱い性、愛するものを守りたい性
目標に向かって確固たる意志を貫く性
外に放たれる発信するエネルギーであると同時に跳ね返すエネルギー・・

 女性性・・
愛されたい性・子どもを守りたい性・夫には、自分と子どもたちのために一緒にいてもらいたい性
素敵な獲物をゲットできる男性にひかれ、素直におねだりできる性
子どもや家族の健康や安泰のために、家族の異変に敏感に気づく性(男性のウソも鋭く見抜く)
繊細な性・こまやかにさまざまなことに気づく性・控えめな性・かくしたい性
子育てしながら家事もこなせるように、いくつものことに気がまわる性
笑顔を絶やさず明るく温かいこころで家族を愛する性・愛するものを励まし育てたい性
柔らかくしなやかに変化を受け入れる性
内に向か受けいれるエネルギーであると同時に吸収するエネルギー・・

このような男性性と女性性の『特質』ゆえに・・
男性は外に出て、獲物と女性を求める・・
女性は内で、子どもを育て、男性の帰り待つ・・
という生活スタイルが生まれ・・

女性にしてみたら、夫以外の男性や獣たちは、自分と子どもの身を狙う外敵であり・・
この恐怖と不安のなか、お腹をすかしている子どもたちと、夫の帰りを首を長くして待っています。

それにもかかわらず・・
獲物を捕らえることに一生懸命になったり、狩りが楽しくなった男性は、妻や子どものことも気にはなりつつも、オスの性(さが)が作動し、ほかの女性(メス)との交尾にも夢中になり、すぐに家に帰れないのはごく自然なことでもありました。

こんなイブは・・
帰ってきた夫の獲物にお礼を言いたい気持ちをもっていながらも、それより先に『なぜ、もっと早く帰ってきてくれなかったの・・』と夫を責め、浮気を心配するようになってしまいました。

一方アダムは・・
命がけで、一生懸命、獲物を捕らえてきたのにもかかわらず、お礼の一言もなく、小言を言われることが腑におちず、外で仕事を楽しんできたことやほかの女性(メス)とのお遊びにうつつをぬかしてきたことは、イブとは関係ないものとしてわきに置き、イブに不満を募らせていくようになりました。

ほかの女性(メス)とのお遊びは、イブとは関係ないものとしてしまうアダムの思考回路をどうしても理解できないイブは、アダムがほかの女性に目を向けるたびに、アダムに不信を募らせ、その女性に嫉妬したりするようになっていきました。

どちらの性も、『生存』と『子孫繁栄』のために精一杯生きようとしているだけなのに・・
真逆な『特質』をもつアダム(オス)とイブ(メス)にとっては・・
お互いに『理解』しがたい『感情』がひき起こされ・・

人間でありながらも『獣』でもある動物的な性(さが)ゆえの『本能と感情』が・・
埋められない『矛盾』として、ふたりの『溝』を深めていきました。


そこで、賢明なアダムとイブは・・
この相容れない『不都合な本能と感情』は・・

優秀な子孫をより多く残すために、神様から授かった『特質』であることを理解し・・
そこに『思いやり』をもったうえで・・

『獣』を卒業して、現代の生活スタイルに適応した人間らしい暮らしを楽しむために・・
『対等』な立場で話し合いました。

特定の『特質』がいき過ることがないよう、お互いにほどよく節制し・・
または、見習いたい異性の『特質』は、お互いに臨機応変に取り入れながら・・

仕事も遊びも『対等』に楽しめるよう、歩み寄り協力しました。

その結果・・
一緒にいる時間もプライベートな時間も気分よく楽しめるようになり・・
お互いが対立するのではなく、融合しながら笑顔でいられるようになりました。


自分にはない異性の『特質』をポチっと加えることで、自分の性の質もあげることができました。

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また・・
孤独やさみしさやさまざまな困難を乗り越え、ピリッと辛い塩をなめたことで『強さ』を得て・・

人の弱さや痛みがわかる『思いやり』のこころを『やさしさ』にすることができました。

こうして・・
自分のなかに『強さ』と『やさしさ』を育てることができたことで、チャーミングな自分になることができました。

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男性であろうと女性であろうと・・

女性性の『特質』である『笑顔』と相手に対する『信頼』によって・・
男性性の『特質』である『力』と相手に対する『献身』を引き出すことができるようになり・・

お互いの性の質が上がりました。

e0034540_14284073.png自然界のオスとメスのように・・
もともと、男性(オス)は女性(メス)に贈りものをして女性をよろこばせることで、自らもよろこびを感じる性なのです。

『笑顔』と『贈り物』は同等の『愛の力』があり・・
この性の『特質』を尊びたいせつにすることができるようになると・・

お互いに愛を『差し出し』『受け取る』ことが上手になり・・
『まごころ』の愛を交わしあえるようになりました。


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この世を丸く(○)平和にすることが得意で・・
ちょっとお姉さんな女性性が・・

力仕事やものづくりが得意な・・
少年のこころをもった男性性の四角(□)なところを・・

上手にいかし、力を最大限にひきだすために・・

男性性の力を信じて、素直に頼りにすることで・・

対等に協力しあうことができ・・
お互いが補完しあい輝きあえるようになりました。

こうして・・
すべてが丸くおさまり、調和が生まれるようになりました。

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この男性性と女性性の統合は・・
自分のなかにある女性性(母)が男性性(子ども)を抱き、賢く育てることで、育てられた子どもが男性性(父)のような強さをもち、女性性(母)と男性性(子ども)を守り愛するようなかたちでなされました。

女性であれ、男性であれ、自分のなかにある『内なる子宮』で新しい我が子を生み出し、育て・・

その子が、好きなことや楽しいことに『精魂』をこめることで、この世に奉仕し、光輝くことができるようになると・・・

本来の姿である『源の愛』に還ることができるようになりました。


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アダムとイブは、真逆な『性質』をもつお互いのことを・・

どちらのことも『わかるよ!!』という『真ん中』にいる自分になれたことで・・
お互いの『長所』と『短所』を『認めあえる』ようになり・・

お互いが『対等に』お互いのことを尊重しあい・・
相手の自分にはない素晴らしいところを見つけていかす力も備わってきました。

こうして・・
相手のことも自分のことも同じように尊び愛することがでるようになりました。

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アダムもイブも、お父さんとお母さんの両方の『性』の要素を引き継いでいて・・

男性でも女性らしい『特質』を多くもった人もいれば・・
女性でも男性らしい『特質』を多くもった人もいて・・

『多様な性』のバランスが・・
その『個』の『特質や個性』として神様からあたえられた『贈り物であり素敵なところ』なのだということがわかりました。

こうして『多様な性』『多様なありよう』を受けいれながら・・

『自立』と『自由』の『光の道』を、自分の足で立って歩いていくと・・

お互いのことを『純粋な愛』で愛せるパートナーと出会えるようになりました。

あるカップルは、『コントロールの愛』を共に生きた相手と再び出会い・・
お互いの魂の成長をよろこびあった人たちもいました。

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出会ったパートナーと結婚できたふたりは『真実の愛』を育てるカップルになりました。

また、結婚というかたちをとらずとも・・
仕事上のパートナーとして、または、真の友として・・

お互いの『まごころの愛』(=赤いハート)をあたえあい分かち合い、生涯、お互いのこころを支えあえる関係を築くことができました。


神聖な『本能の欲求』(オレンジ)と『赤いハート』がつながったことにより・・
『あたま』(ロイヤルブルー)は、神様とつながり・・
純粋な『恋する気持ち』に『情熱』を傾けて生きるための『ひらめき』や『直観』がさえるようになりました。



こうして・・
アダムとイブは、『コントロールの愛』から『真実の愛』へと『魂』を成長させることができました。















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by m-happa | 2016-09-27 14:48 | Comments(0)

『Natural & Simple・Easy・Relax !! 』にをモットーに毎日を自分らしく楽しく・美味しく・心豊かに暮らしています。           こころのままに 気分よくハッピーに・・☆


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